← 戻る HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELS

湯気の向こうで、少しだけ笑った君

湯気の向こうで、少しだけ笑った君

舌先からほどける、琥珀色の熱量

函館の冬の風は、まるで鋭利な刃物のように皮膚を刺し、思考さえも凍らせてしまう。そんな凍てついた身体を引きずって辿り着いたHACCHAGI CURRYBARで、私たちは一杯のスープカレーに出会った。陶器の器から立ち昇る、濃密で白い湯気が眼鏡のレンズを瞬時に塗りつぶし、視界が真っ白に消えたとき、ようやくこの街に深く潜り込んだことを実感した気がする。最初の一口。クミンとコリアンダーの刺激的な香りが鼻腔を突き抜け、凍りついていた喉の奥をゆっくりと、しかし確実に解きほぐしていく。それは単なる「熱さ」ではなく、身体の深部まで浸透していく低周波のような振動だった。北海道産の豚骨と真昆布が織りなす出汁の粘度が、舌の上で心地よい表面張力を持って留まり、その後でさらりと消えていく。スプーンが器に触れる小さな金属音が、静かな店内に心地よく響く。外の空気は氷のように鋭いが、この琥珀色のスープがあるだけで、世界が少しだけ柔らかい場所に変わる。私たちは言葉を交わさず、ただ交互にスプーンを動かしていた。もしかしたら、言葉にするよりも、同じ熱を共有しているという事実の方が、今の私たちには必要だったのかもしれない。冷え切った指先に血が巡り始める感覚は、凍った湖の表面に、小さなひび割れが入る瞬間に似ていた。

青い静寂に沈み込む、記憶の貯蔵庫

レストランを出て、HakoBA 函館 by THE SHARE HOTELSのロビーラウンジに足を踏み入れた瞬間、そこにある「青」に意識を奪われた。それは単なる色彩ではなく、深い水底に沈み込んだときに感じるような、静謐な圧力を持った空間だった。元銀行という建物の骨格が持つ、重厚な静寂。高い天井から降りてくるひんやりとした空気が肌に触れるたび、私たちは自然と歩幅を合わせ、この空間が持つリズムに身を任せた。ジュニアスイート(メゾネット)へと続く階段を上がるたび、古い木のきしみや、自分の呼吸の音が心地よいエコーとなって返ってくる。その音さえも、この建物が刻んできた時間の断片のように感じられた。部屋に入り、裸足で踏んだフロアの滑らかな質感。そこから、ワイドダブルベッドの柔らかなリネンへと身体を沈めたとき、ようやく緊張という名の膜が破れた。「ここ、本当に銀行だったんだね」と君が呟いた声が、静かな部屋に溶けていく。窓の外には、函館の街が夜の闇に溶け込み、遠くの灯りが水滴のように滲んでいた。部屋の隅に配置された家具たちは、絶妙な距離感を保ち、私たちに心地よい孤独と親密さを同時に与えてくれる。深夜、トイレまで歩くときに足裏に伝わるタイルの冷たさが、自分が今、誰かがかつて大切に管理していた金庫室のような場所にいることを教えてくれる。ここでは、孤独であることは寂しさではなく、ただ心地よい余白として機能していた。私たちは、あえて照明を落とした部屋で、お互いの輪郭が曖昧になるまで、ただ静かに横たわっていた。

氷上の不協和音が、二人を繋ぐとき

翌朝、私たちは赤レンガ倉庫の方へ歩き出した。2月の函館の朝は、空気が結晶のように澄んでいて、吐き出す息が真っ白なカーテンのように視界を遮る。ふと、君が「あそこ、綺麗だね」と指差した方向へ、私が慌てて視線を向けた瞬間だった。足元の薄い氷に気づかず、私は派手にバランスを崩し、まるで奇妙なダンスを踊っているかのように、もがきながらなんとか踏みとどまった。情けない格好だったと思う。けれど、それを見た君が、堪えきれない様子で「ふふっ」と小さく笑った。その笑い声が、冷たい空気の中で小さな波紋のように広がり、私の耳に届いたとき、なんだかとても安心した。私たちは、この旅を完璧なものにしようと、どこかで肩を張っていたのかもしれない。けれど、実際には、こういう不格好な瞬間こそが、一番記憶に深く刻まれる。もしかしたら、旅の目的とは、立派な景色を見ることではなく、お互いの不完全さを許し合える瞬間を見つけることだったのではないか。帰り道、コンビニで買った温かい飲み物を、一つの手で包み込むようにして持っていた。指先から伝わる熱が、君の手のひらの温度と重なり、境界線が溶けていく。そんな、ごく当たり前の接触が、どんな言葉よりも正確に、今の私たちの距離を教えてくれていた気がする。

窓の外で、静かに雪が降り始め、街の輪郭を白く塗りつぶしていく。

  • HACCHAGI CURRYBARのモーニング・スープカレーで、身体の芯から温まってから散歩に出かけること
  • 赤レンガ倉庫からホテルまで、あえてゆっくりと、街の呼吸を感じながら歩いて戻ること